腐敗、ガバナンスの問題について

溝口哲郎

安倍元首相の死がもたらしたもの

2022年7月8日、日本の元首相である安倍晋三氏が選挙応援の演説中に、凶弾に倒れた事件は記憶に新しい。様々な批判はあったものの、一国の首相として活躍していた現役国会議員が死亡するという事件は、その死とともに国内外に大きな衝撃をもたらした。ところがその後、暗殺実行犯の背景や調査が進行するにつれて、安倍氏の権力保持の裏には宗教団体(世界平和統一家庭連合)とのつながりがあることが判明した。選挙票の差配や選挙運動にこの宗教団体が協力をしていた。その見返りに世界平和統一家庭連合の家族観や考え方などが政策に反映することが多くなり、政教分離の問題を含めてマスメディアで大きく報道されたことは記憶に新しい。死によって明らかにされた事実は、権力基盤が特定の団体などに支えられているということであった。

7年8か月にわたり、日本の政治・経済を担ってきた安倍政権。しかしながら長期政権になるにつれて、政官財を巻き込んだ様々な公私混同が散見されるようになり、縁故主義的な腐敗案件がみられるようになった。学校法人森友学園が、大阪府豊中市の国有地を学校用地として購入する際に、安倍首相との関係を忖度した財務省が大幅な値引きを行い、国有地を売却。その後、財務省がこの経緯の改ざんを行った問題である森友学園事件、52年間どこの大学も許認可が得られなかった国家戦略特区事業として獣医学部を新設した加計学園問題でも、首相と理事長の間の親密な関係から特別な便宜が図られたのではないかと指摘されている。また新宿御苑で毎年開催されている桜を見る会においては、各界で功労・功績がある人々を慰労するためのものであったが、首相や自民党関係者が招待枠を持っており、支援者を招待していたのではないかという指摘があり、公職選挙法違反の疑いがあるとしたものである。ここでも公文書管理の問題が指摘されており、これらの事案が追及されながらも、「大したことではない」「野党は反対ばかりして、邪魔ばかりをしている」という声が拡散し、結局うやむやにされてしまった。これらの問題の背景にあるのは、縁故主義がもたらす弊害である。首相との関係によってビジネスが決まるという状況により、身内びいきが助長してしまった。その結果、国民の税金が非効率な形で支出されてしまった。

特に安倍政権においては、権力者である首相の威光により、一部の官僚が公益ではなく、私益のために暗躍するようになった。官邸官僚に情報が集約され、官僚は自らの利益(出世)のために、官邸官僚に盲従した。その結果、公文書破棄や改ざんに手を染め、国会においても不誠実な答弁を繰り返していたのは記憶に新しい。官僚とは公文書に依拠して自分たちを正当化する存在であるのだが、自らの正当性の存在を保証する公文書を改ざんすることで、公僕としての存在意義を失い、権力者の腐敗を正当化するために生ける屍化してしまった。官邸による情報管理の統制の徹底と、官邸官僚によって支えられた権力の一極集中によってもたらされた世界は、腐敗を受容しやすく、権力者が人々を分断しやすい社会と化してしまっているのが目下の日本である。具体的に言えば、「快か、不快か」の立場から反対を表明する発言者が多く、熟議によるプロセスがないがしろにされている。SNSによって、自分と同じような考えを選択し、自分の信念が強化されるエコーチェンバー現象により、冷静な判断が失われている状況では、あからさまな腐敗行為が自分の嗜好によって判断される。倫理的な問題として腐敗が自分たちに関係がなければ問題ないとする状況が、安倍政権下では進行した。そのためマスコミによる印象操作もあり、野党の負のイメージに助けられ、消極的に政権を支持する人たちが増加し、そのことにより「公正」「正義」の理念が失われてきたといえよう。

現政権が7年8か月の間に起こした様々な疑惑や事件に対して我々は目を背けず、追及しなければならない。国会答弁を見ていると明らかなように、さまざまな問題に対する説明責任に対して話題をずらして対応し、国民の関心を逸らすやり方は「ご飯論法」と呼ばれ、野党の質問に対して論点外しで責任回避していると指摘されても仕方がない。このようなやり方が社会全体に浸透することによって、国民は冷笑化し、政治問題に無関心になりつつある。政官財で蔓延する縁故主義とそれに随伴する腐敗が蔓延した結果、我々はそれが当然である状況を無意識に受容している現実がある。そんな状況を打破するためには、腐敗の本質とその問題点を皆で理解し、腐敗を可視化し、不誠実と戦っていくための仕組みを国民全体で考える必要がある。そこで、腐敗防止の歴史をひも解くことで、なぜ腐敗防止の問題が重要なのかを考えていきたい。

腐敗とは何か

腐敗の問題は古今東西、様々な文学作品で取り上げられてきた。例えば、ダンテの『神曲』の地獄篇の第八の圏谷の第五の濠においては、職権を濫用して利益を得た役人たちが、煮えたぎる瀝青の中に漬けられ、表面に出てくると12人の悪鬼によって罰せられるという地獄であった。また日本においても、山吹色のお菓子という言葉が賄賂の隠語として利用されていたのは、時代劇などで記憶に新しい。そのほか様々な作品で腐敗・汚職は取り上げられており、その例には枚挙にいとまがない。このように腐敗の問題は古くから人々の間で認識され、防止策が講じられていた。

国際的な腐敗防止NGOであるトランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗の定義によれば、「私益を得るために,公的に与えられた権限(公的な権力)を濫用する行為」である。具体的には、公務員が賄賂等を受け取り、その見返りに公共調達などの契約を締結することである。短期的には、腐敗によって便益を得る人々もいるが、腐敗のコストは、公務員に支払われた賄賂の総額だけではなく、社会全体に悪影響を及ぼす可能性がある。つまり、腐敗が蔓延することによって政治的・経済的な歪みが社会全体に生じ、さらなる腐敗の連鎖が起こる可能性がある。そのため、腐敗防止を全世界的に考えることは重要であった。次になぜ腐敗の問題が持続可能な開発目標(SDGs)で達成すべき目標になっているのかを見ていきたい。

国連ミレニアム・サミットからSDGsへ

腐敗・汚職の問題は良いガバナンスを達成するために解決しなければならない重要な問題として、1990年代半ばより腐敗防止の取り組みがなされてきた。ただし腐敗防止という表現ではなく、説明責任、政府の透明性の向上という間接的な表現で、腐敗防止を提唱していた。特にグット・ガバナンスおよび腐敗防止が注目を集めた理由は、両者の達成が人間開発・貧困削減につながるという認識があったからである。特に注目を集めたのは、2009年9月、ニューヨークで行われた国連ミレニアム・サミットである。ここで、貧困撲滅、環境・教育・保険衛生の改善および向上などの8項目を謳ったミレニアム宣言が採択され、実現のロードマップとしてミレニアム開発目標(MDGs)と呼ばれる政策目標が設定された。腐敗防止はMDGsでは明示的に触れられてはいないが、開発を阻害する可能性のある腐敗については、国際社会の腐敗・汚職との闘いに対するコミットメントに伴い、各国政府、市民、企業が当事者意識で解決を模索した。開発途上国は、腐敗防止とグット・ガバナンス推進を目標に、そして民間企業は企業コンプライアンスの一環として、腐敗防止プログラムを導入、持続可能な開発目標(SDGs)へと引き継がれていった。

腐敗とSDGs

MDGsを継承する形で2015年から2030年までの達成目標としてSDGsが設定された。腐敗と関連する項目は、目標16「平和と公正をすべての人に」で、小項目である12のターゲットのうち、腐敗に関連するものは、16.3, 16.4, 16.5, 16.6, 16.7, 16.aであり、その中でも特に16.5と16.6の2つが腐敗と関連している。以下目標16のうち、関連する小項目をピックアップしてみよう。

16.3国家および国際的なレベルでの法の支配を促進し、すべての人々に司法への平等なアクセスを提供する。
16.42030年までに、違法な資金および武器の取引を大幅に減少させ、盗難された資産の回復および返還を強化し、あらゆる形態の組織犯罪を根絶する。
16.5あらゆる形態の汚職や贈賄を大幅に減少させる。
16.6あらゆるレベルにおいて、有効で説明責任のある透明性の高い公共機関を発展させる。
16.7あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型、および代表的な意思決定を確保する。
16.a特に開発途上国において、暴力の防止とテロリズム・犯罪の撲滅に関するあらゆるレベルでのキャパシティ・ビルディングのため、国際協力などを通じて関連国家機関を強化する。
16.b持続可能な開発のための非差別的な法規および政策を推進し、実施する。

とあり、目標16は、政治的腐敗や賄賂を撲滅し、不法に得られた資金の流れを阻止する上で具体的な目標を掲げている。腐敗撲滅はすべてのSDGsの目標を成功させるための土台である。実際、2017年当時のIMF専務理事であったクリスティーヌ・ラガルドも政治的腐敗の混乱がもたらす問題について、「腐ってしまった基礎の上に家を建てることはできない」と述べており、政治的腐敗を解決することこそが重要であると述べている。SDGsの目標16に企業等が積極的にコミットし、腐敗行為を行わないような企業風土作りが求められている。

腐敗の問題とは

公務員や政治家が賄賂等を受け取り、その見返りに公共調達などの契約を締結する行為である。政府が多額の賄賂が入ってくる社会的に見て無駄なプロジェクトを好むようになり、経済的・社会的な価値を生むプロジェクトを選択せず、資源配分の無駄が生じる。結果として、様々な形で政治的・経済的な歪みが社会全体に生じ、さらなる腐敗の連鎖が起こる可能性があり、社会全体に悪影響をもたらす恐れがある。経済学において資源をいかに無駄なく、適材適所に配分する理想的な状態(パレート効率的な配分)が成立することは現実では難しいが、腐敗が存在するとその達成はさらに困難なものになる。

つまり、腐敗は社会全体に①適材適所という意味での資源配分の効率性を損ね、②社会全体の格差を広め、③社会を支える法制度などの基盤インフラの機能を弱める。腐敗が拡がると、社会的規範が緩み、市民の価値観が「賄賂支払いが当たり前」の社会になってしまう結果、公式なルールに則った統治体制が崩壊する。つまり、賄賂が支払えるような個人は、社会の法制度を歪めることで、社会全体の分断を招き、その結果社会の調和が乱される。最悪の場合、市民の間で大きな対立、社会情勢によっては争いが起こる可能性がある。フィスマンとゴールデンが指摘しているように、腐敗の直接的効果(賄賂)より、上記のメカニズムにより政府や市場機能に悪影響をもたらす間接的効果が大きいことが腐敗の問題点である。つまり賄賂を支払わない限り、物事が進まない状況(「地獄の沙汰も金次第」)になるため、国家制度が意味をなさなくなる。腐敗による悪影響は枚挙にいとまなく、国連広報センターの2016年の調査によれば、腐敗や贈収賄、窃盗、租税回避により、開発途上国に年間140兆円の損害が生じている。世界経済フォーラムの2013年の調査によれば、汚職のコストは世界のGDPの5%に上がると推計されており、SDGsを達成するための大きな脅威となっている。

腐敗は効率的なのか?

ビジネスの許認可に関わる役人の腐敗・汚職は、民間の経済活動を阻害する。日常生活レベルでの腐敗行為は、一部の経済体制移行国・開発途上国において「贈賄行為」自体がシステムとして社会規範に組み込まれている。社会全体で腐敗が許容されてしまうと、効果的な経済発展が見込めない。

法制度など適材適所の条件が整っていない国々の場合、腐敗がどのような効果をもたらすのか、経済学の領域において長らく論争になっていた。論争のコアとなる主要論題は2つある。1つは「腐敗・汚職は資源配分の効率性を促進する可能性がある」という「潤滑剤」仮説(レフ(1964))で、もう一方は腐敗・汚職は非効率性を是正するよりも、むしろ悪化させるという「滑り止めの砂」仮説(カウフマンら(1999))である。

前者の考え方では、政府が無能である場合、腐敗によって経済全体にとってましな取引が行われ、政府の失敗を緩和するために、次善の意味で資源配分の効率性が高まる可能性があるとする。一方、後者の考え方は、国家制度のもとで官僚がレントを追及するために資源配分の効率性が損なわれる可能性がある。そして数多くの実証研究の結果から、腐敗の「潤滑剤」仮説は却下されている。官僚は人為的なレントを生み出すために規制を設定する。このレントを獲得するために企業または個人は腐敗・汚職をするインセンティブを持つ。この潤滑剤仮説を実証的に検証すると、資源配分の効率性の観点からすでに腐敗・汚職が存在する経済の場合には、腐敗・汚職はあくまでも次善の資源配分の効率性でしかない。なぜならすでに無能な政府が課した規制による資源配分の歪みが存在するからである。そのため腐敗・汚職によって規制を回避という意味で効率性は改善するが、その分取引費用が掛かるために、最善にはならない。そのため、現在では「滑り止めの砂」仮説が支持されており、腐敗は資源配分の効率性を損ねるため、防止することが重要になる。

クローズアップされた腐敗の問題

ではなぜ腐敗の問題が注目されたのか。1980年代に実施された世界銀行や国際通貨基金などによる開発途上国への援助とそれに付随する構造調整プログラムの失敗にあった。個々のミクロレベルの援助プロジェクトがうまくいっているのにも関わらず、集計したマクロレベルの援助になるとその効果が見られない場合、腐敗が失敗に関係していることが多かった。ゆえに国際的な援助機関においては、効果的な援助を達成するために、様々な手法を開発、導入することになる。そこでは開発援助の成果が重要視され、財政面におけるPDCAサイクルの確立、透明性の確保、腐敗防止などが政策課題に挙げられるようになり、公共財政管理という財政管理手法が確立された。この手法を効果的にするために、援助が本当に効果的・効率的に利用され、私腹を肥やすために利用されていないのか、提供されたお金が貧困を脱却するために十分なのか?という状況を評価するための指標を作成する必要があった。

腐敗・汚職を可視化する

腐敗・汚職は違法行為とみなされているが、新聞報道や内部通報などで暴露されないかぎり、大半は水面下に隠れているため、客観的なデータの作成が難しい。過去、腐敗・贈収賄による損失の推計が困難であったが、腐敗の認識に対するアンケート調査を用いて腐敗に関するデータを作成することに成功した。このような指標の代表的なものとして、世界銀行研究所のカウフマンらが中心となって作成している世界ガバナンス指標(WGI)や世界的な腐敗防止のNGOであるトランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識度数(CPI)、グローバル腐敗バロメター(GCB)がある。ここでは腐敗の代表的な指標として、CPIを紹介する。

CPIとは?

1995年7月10日にドイツの新聞Der Spiegelに発表されて以来、28年の間、世界各国の公共部門における腐敗の認識を測る複合指標である。2012年までは時系列での比較ができなかったCPIは、CPI作成の方法論の変化により2013年から時系列データでのCPIのスコアの比較が可能になった。

CPIとは、人々が公的部門の腐敗に関して認識している度合いについて、0(腐敗がもっとも高い水準にあると人々に認識されている)から100(腐敗が最も低い水準にあると人々に認識されている)。下の図にあるように、赤色が濃くなればなるほど、腐敗が最も高い水準にあるということである。調査対象は世界の国々・地域180か国で、平均スコアは43であった。2022年のCPIによると、腐敗が少ないと考えられる国としてランク1位に挙げられたのは、デンマークである。逆に腐敗が蔓延していると考えられている国としては、180位のソマリアがある。地域別でみると、北欧を中心とした先進諸国においては腐敗は少なく、ロシアやアフリカなどの国々では腐敗がはびこっていると人々は認識していることが、CPIから明らかである。

図1:CPIの色マップ(出典:トランスペアレンシー・インターナショナル)
図2:2022年CPI 世界地図(出典:トランスペアレンシー・インターナショナル)

制度設計の重要性

腐敗防止のためには、制度設計をいかに行い、人々の気持ちを変化させるのかが重要である。

ここで制度とは、制度は、政治、法律、経済、教育等における公式に制定された制度だけでなく、公式の法律や規則なしに慣習的に成立しているインフォーマルなメカニズムも含む。他人と同じ行動をとると、得られる利益が大きくなる戦略的補完性という概念が、制度の継続に関係している。戦略的補完性がある制度のもとでは、以下のような特性がある。①過去の経緯によって、制度の経路依存性が存在する。②いったん制度が決まると、粘着的にその制度が持続すること、③そして定まった制度が必ずしも最適ではないということである。

このような制度の状況を踏まえて、腐敗事象がなぜ継続するのかを考えていく。ある腐敗の状況が成立しているのは「社会における人間の相互作用を規定する枠組みから生じる均衡状態」であるため、ある種の社会的均衡として腐敗をとらえることが重要となる。以下の例を考えてみよう。ある社会で賄賂を支払う人が増えた場合、贈収賄による利益と正直でいることによる利益との比較で、どう変化するのかを考える(図3)。

図3:贈賄するか、正直でいるのか

図3における贈賄線は、賄賂を贈ることで個人が得られる利益、正直線は腐敗を行わないことから得られる利益を表している。Aの状況は皆が正直な状況、すなわち腐敗をするリスクが高くなることを意味し、Bの状況は少なからず腐敗をしている人たちがおり、Aの状況と比べると腐敗のリスクが低い状況を表している。制度変更や慣習の変化により、Bより左に向かえば、腐敗をする価値を認める人は減り、最終的にA点に向かうことになり、低腐敗均衡になる可能性がある。逆にBより右になれば、人々は腐敗から利益を得られるため、腐敗行為を行う人たちが増えて、高腐敗均衡になる悪循環のケースである。低腐敗均衡Aに向かうような制度設計こそが腐敗撲滅に必要とされる。

腐敗防止のために

では具体的に、腐敗を防止・撲滅するためには、どのような戦略があるだろうか。フィスマンとゴールデンによれば、以下の5つが重要であるとされる。①リーダーシップ、② SNS等による情報発信、③独立した腐敗防止機関の設立、④国際的な圧力、⑤ICTなどによる腐敗防止教育によって、腐敗がはびこる悪い均衡に陥ってしまった社会を変革できる可能性がある。また腐敗に対して冷笑的ではなく、人々が腐敗に対して妥協しないことが大切である。ただ腐敗に対して沈黙するのではなく、声を上げて腐敗に妥協しない、プロセスの透明性を高める努力を市民サイドも積極的に行う必要がある。いかに腐敗が社会に対して害悪であるのか、日本のケースを踏まえても立ち止まって考える必要があるだろう。

参考文献

  • 小山田英治(2019)
    『開発と汚職』(明石書店)
  • 溝口哲郎(2010)
    『国家統治の質に関する経済分析』(三菱経済研究所)
  • 溝口哲郎・齋藤雅元(2017)
    「腐敗・汚職の経済分析に関するサーベイ:Shleifer and Vishny (1993)の再考」麗澤大学紀要, 第100号, 83頁-89頁。
  • 溝口哲郎(2017)
    「腐敗の実証研究の最近の動向について」高崎経済大学論集、第60巻, 第2・3合併号, 89頁~104頁
  • レベッカ・ソルニット(2020)
    『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)
  • レイモンド・フィスマン&エドワード・ミゲル(2014)
    『悪い奴ほど合理的』(NTT出版)
  • レイ・フィスマン&ミリアム・A・ゴールデン(2019)
    『コラプション:なぜ汚職は起こるのか』(慶應義塾大学出版)
  • クリスティーヌ・ラガルト(2017)「政治的腐敗がもたらす混乱」
    IMFBlog: https://www.imf.org/external/japanese/np/blog/2017/120817j.pdf

溝口哲郎(みぞぐち・てつろう)
1997年慶應義塾大学経済学部卒業。1999年慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。2008年慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、Ph.D.in Economics取得(オタワ大学)。現在、高崎経済大学経済学部国際学科教授。専門は応用ミクロ経済学、公共経済学、財政学。研究分野は汚職・腐敗の経済分析、日本財政の持続可能性。主要な研究業績に、N. Yoshino, T. Mizoguchi, and F. Taghizadeh-Hesary (2019): “Optimal Fiscal Policy Rule for Achieving Fiscal Sustainability: The Japanese Case, ” Global Business and Economics Review, Vol.21, No.8, pp.156-173、Tetsuro Mizoguchi and N. V. Quyen (2014): “Corruption in Public Procurement Market, “Pacific Economic Review,Vol.19, No.5, pp.577-591、『国家統治の質に関する経済分析』(三菱経済研究所, 2010年)など。

本研究は、JSPS科研費JP21K01542の助成を受けたものです

2023年3月31日 公開